谷川俊太郎の3回結婚→離婚した妻や息子たち、1日1食生活とは?

谷川俊太郎

詩人の谷川俊太郎(たにかわ しゅんたろう)さん。

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国民的詩人で教科書にも載っている谷川俊太郎さんをご存知ない方のほうが少ないかもしれませんね。

小学校の2年生の国語の教科書に掲載されていた「スイミー」を覚えているでしょうか?

あれは谷川俊太郎さんが翻訳されたんですよ。

また、鉄腕アトムの歌詞の「空をこえてラララ星のかなた〜」も谷川俊太郎さんが作詞を担当されたんです。

私は学生の頃は谷川俊太郎さんの詩の良さがちっとも分からなかったんです。

それに有名すぎて少々毛嫌いしてたのですが、歳をとってから読み直して大ファンになりました。

谷川俊太郎さんの詩はひらがなが多く平易な言葉を使うのですが「どうやったらそんな風に世界を見ることができるの?」と深さとか広大さにいつも驚かされます。

彼の詩は地球の外側から私たちを覗いてるんじゃないか?って思えるものや、宇宙の真理を知っている人しか書けないのでは?と感じる詩が多くあります。

「谷川俊太郎は宇宙人に違いない」と本気で思っていた私ですが、先日谷川俊太郎さんが出演された番組で「自分でも宇宙人だと思うことがある」とおっしゃってたのを見て「ほら、やっぱり!」でした。^^

ホント谷川俊太郎さんが大好き♡

谷川俊太郎さんは現在83歳ですが、まだまだ現役で活躍していらっしゃいます。

今日はそんな谷川俊太郎さんの過去の結婚、離婚した3人の奥さんについて書いていきますね。

 

谷川俊太郎の3回結婚、離婚した妻や息子

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◆1番目の妻は詩人で童話作家の岸田衿子さんで、結婚期間は1954年から1955年のたったの1年間。

ちなみに、岸田衿子さんの妹は女優の岸田今日子さんです。

谷川俊太郎さんの近所に生まれ、幼なじみということで交際が始まり結婚されたようです。

ですが、谷川俊太郎さんが書いた「大きな栗の木」を文学座で大久保知子さんが演じたことで、急接近した谷川俊太郎さんは岸田衿子さんと別居します。

その後離婚。

2番目の妻は新劇女優の大久保知子さん。結婚期間は1957年から1989年の32年間。

1960年には長男の賢作さんが生まれます。
(谷川賢作さんは現在作曲家でピアニストです)

1963年に長女の志野さんが生まれます。
(志野さんは現在アメリカ・ニューヨーク在住)

谷川俊太郎さんの母親の介護問題で夫婦に亀裂が入り、母親の死後に以前から知り合いだった佐野洋子さんと再会。

2年後の1986年佐野洋子さんとギリシャへ旅行へ。

1989年に谷川俊太郎さんの父親の死後、大久保知子さんと離婚。

3番目の妻は作家で絵本作家の佐野洋子さん。

結婚期間は1990年から1996年。

佐野洋子さんと言えば絵本の「100万回生きたねこ」が有名ですね。

正式な離婚理由は不明ですが6年の結婚生活を1996年に終えます。

ただ、佐野洋子さんはその後に出版された対談集「ほんとのこと言えば?」に谷川俊太郎さんについてこんな風に話されていて

佐野「見えてる通りの人なんじゃない?それでもお育ちもよろしいしお行儀もよろしいし、もみ手もちゃんとなさるし、お作品はあの通り素晴らしいし。

だけどこの人は、見えてる通りぐらいでお付き合いをしていれば、その見えてる通りがずっと通っていく人だと思うんですけれども、よく見ると実に変な人で、言ってみれば地球の上で生きていてはいけないようなとんでもない野郎じゃないか、っていうところはありますね。

たとえば私、この人にはモラルってものがないと思うんですね。

「非常識」っていうのは「常識」があって「非」なんですよね、だけどこの人は「無常識」だと思います、私。」
出典:「ほんとのこと言えば?」佐野洋子

「無常識」なんですね。自由に生きる谷川俊太郎さんの人柄が見えるコメントですよね。

また、佐野洋子さんの最初の夫の息子で、絵本作家の広瀬弦さんと谷川俊太郎さんは、今でも仲が良く共作もあるそうです。

 

谷川俊太郎の1日1食生活

現在の谷川俊太郎さんの食生活は1日1食

どうやら「1日1食健康法」というものがあって、それを実践しているようですね。

基本は玄米菜食で夜に食べるだけのようです。

お腹が空かないのかな?と思ったのですが普通にお腹はすくようで「晩ご飯が待ちきれない空腹感が生きる幸せに通じる」のだとか。
精力的に活動を続ける谷川俊太郎さん、いつも応援してます!

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2015-08-07 | Posted in ライフスタイルNo Comments » 

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